バビロン【ネタバレあり】

★★★★

公開日  2023年02月10日
上映時間 189分
監督・脚本 デイミアン・チャゼル
音楽 ジャスティン・ハーウィッツ 
キャスト ブラッド・ピット マーゴット・ロビー ディエゴ・カルバ ジョバン・アデポ ジーン・スマート

夢を抱いてハリウッドへやって来た青年マニーと
彼と意気投合した新進女優ネリー。
サイレント映画で業界を牽引してきた大物ジャックとの出会いにより
彼らの運命は大きく動き出す。
恐れ知らずで美しいネリーは多くの人々を魅了し、スターの階段を駆け上がっていく。
やがて、トーキー映画の革命の波が業界に押し寄せ……。

映画ドットコムより引用

debuwo評価 85点
おすすめ度  (星4)

ゴージャス・インモラル

『セッション』『ラ・ラ・ランド』など手掛け
アカデミー賞監督賞を最年少で受賞したデイミアン・チャゼル監督
栄光と狂騒入り乱れる1920年代のハリウッドが
サイレント映画からトーキー映画に移り変わる時勢を
4人の主人公を軸に描いた作品
豪華絢爛な面子を揃え、インモラルの限りを描く劇薬のような映画である傍らで
映画界の変遷を、忘れ去られていく側から見せるビターな側面も持ち合わせている

そもそも何故バビロン?

バビロンとは、実在の都市・聖書など多様な由来があるが
本作では不道徳・混沌の象徴たるバビロンこそが引用元に当てはまるだろう
シドニー・パーマーを始めとするバンドの曲をバックに
ネリー・ラロイがセクシーに踊り狂うパーティー会場
そして飲めや歌えやの傍らには、至る所でセックスに及ぶ人々
個室では中年太りの男が、若い女と飲尿プレイに励み
小人症の男が性器を模したクッションから
白い液体を噴射するパフォーマンス

ゴージャスとインモラルが入り乱れるカオス
このパーティー会場は、正にバビロンである
インモラルで過激な性描写の映画は数あれど
ブラピとマーゴットが出演し、デイミアンがメガホンを取るこの映画で
下品で過激な描写がここまでいくとは誰が予想できただろうか?
このシーンを見るだけでも
一見の価値あり!

救い難く美しい女

劇中、主人公3人の中で
最も強い輝きを放ち、カオスを体現していたのは
間違いなくマーゴット・ロビー演じるネリー・ラロイだろう
彼女のモデルとなったのは、実在の女優『クララ・ボゥ』
1922年にデビューし、1929年までの7年間で
サイレント映画46本に出演し、悉くヒットさせ
当時ハリウッドのセックスシンボルと呼ばれていた

いつもノーブラで、自由奔放に生きるネリー
その様は、1920年当時に自由な生き方をする女性像と呼ばれ
クララが得意とした役柄『フラッパー』そのものである。
しかし、セクシーでエネルギッシュな魅力に満ちた彼女は
ただそれだけではない
彼女は演技でいつでも涙することが出来る天才的な演技力を持ち合わせていたのだ
『故郷を思って』
劇中で何故泣けるのか聞かれたネリーはこう答えている
この背景も勿論モデルとなるクララ・ボゥに因んでおり、彼女は

  • 貧しい生まれでノーブラなのは幼少期裸同然で育てられていたため
  • 精神を患った母に殺されかけている
  • アルコール依存症の父に暴行されている

このような状況から脱するため、彼女は女優を目指した
ネリーもバビロンで一夜過ごした朝
このような過去を持つであろうセリフを叫び
父との何とも言えない妙な距離感はクララと同じ理由だと思われる

辛い過去を糧に、ハングリー精神と演技力で生きてきた彼女だが
同時に快楽主義のジャンキーと言う側面も持ち合わせていた
麻薬を服用し、セックスとギャンブルに溺れる日々
一時期更生しようとしたものの、彼女の生き様をみれば
いつかは同じ結末を辿っていたのは明白
しかし、そんな突拍子もない彼女だからこそ
世の人々は魅了されたのだ
純粋でもあり、妖艶な女優
努力家であり、破滅願望のある人間

どこまでも相反する二面性こそが彼女魅力なのは間違いなく
そんな彼女を演じきったマーゴットには脱帽だ

映画を愛した狂人

ブラッド・ピットが演じた映画人ジャック・コンラッド
サイレント映画時代の顔とも言える、誰もが認める大スター
私生活は滅茶苦茶だが
映画業界の将来を常に見据え
作品へのこだわりも時には狂気を感じるほどであり
映画制作の現場と、俳優としての自分に誇りを持った男
それがジャック・コンラッドだ

槍が新しすぎる!はさりげないけどかなり狂ってる

時代の変遷にあったスター

そんな大スターもトーキー映画の出現と言う
業界の大きな転換に人気の陰りを見せた…
やりたくもない当時のスターが肩を並べ合唱する雨に唄えばに参加し
舞台出身の妻から演技指導を受けたりもした
映画人であることに誇りを持ち
舞台とは違い大衆娯楽である事を受け入れた上で
映画の素晴らしさを説くほどに映画を愛し
過去を懐かしむ事はあっても決して閉じこもる事はせず
彼はスターであり続ける為に挑戦し続けた
しかし努力も空しく彼の人気は衰え
彼自信への決定打となったのが
新作の映画の試写会、お忍びで劇場を訪れた彼が観た者は
ジャックが愛を囁きながらキスをするシーンで
笑っている観客たちだった
さらに追い打ちをかけるかのようにゴシップ誌には
ジャック時代は終わりと銘打った記事が掲載される
激情し、著者エリノアのオフィスに殴り込むが
抗いようのない事実を諭され、活気を失っていく様は
その後を含めてあまりにも悲痛だ

あなたの時代は終わった

エリノアは、ジャックのキャリア低迷や笑われた理由は
トーキーでの演技力の無さや、声質が原因ではなく
時の流れが問題だという
全盛期は時代の顔とも言えるハリウッドスター
この人物像が演じているブラッド・ピット自身もそうである故に
フィクションを超えて、彼自身をも追い立てているように見える
ファイトクラブで男性の理想像タイラーを演じた彼も
いつかは退場しなければならない
ホテルのバーから自室へとジャックが戻るシーンは
ブラッドの全盛期を見て育った筆者としては
どんなシーンよりも哀愁を感じさせるものだった
ジャック・コンラッドの哀愁を嚙み締める意味で
是非ともブラッド・ピットの全盛期の作品を見ておくことをおススメする

↓全盛期ブラッド・ピットの出演作レビューはこちら

始まりであり、終わりの男

映画製作に関わるのを夢見て
パーティーのボーイをして食い繋ぐマニー
ネリーとの出会いをきっかけに、
大スター・ジャックの助手として念願の映画製作に関わる事になり
この映画は彼のシーンから始まり
彼のシーンで幕を引く
まさしく主人公たる存在なのだが

彼自身に目を向けると
いまいちノれない

狂気が足りない

役者である二人と比べるのは酷かもしれないが
ネリーとジャックが常軌を逸していたのに比べて
彼にはそのような部分が無い
映画業界の魅了され、メキメキ手腕を見せ出世するが
あくまでロジカルに、且つ行儀よく出世していく
憧れた世界にのめり込み、成功していく
比較するとすればやはり映画『セッション』の主人公
アンドリュー・ニーマンだろう

しかしマニーには彼ほどの狂気に走っているとは言い難く
リスクを負い行動・決断する時も
自分本位ではなくネリーの為なので
彼のような我儘さ・傲慢さが無いのだ
人間としては、至極まっとうな人間だが
バビロンの主人公としてはやはり影が薄くなる

ロマンス

常識人のマニーだが
ネリーの為ならなんだってした
それは間違いない
彼女の為ならキャリアを不意にする事も天秤にかけるし
時には地獄の底のような場所にも赴いた
彼の思いと行動は確かに情熱的なのだが
マニーの思いに対して、ネリーはそれほどマニーを想っていない
質の悪いことにそこそこ好きくらいのニュアンス
ラ・ラ・ランドのセブとミアのように
一時期でも通じ合っていた時期があればよいのだが
ネリーは自己の欲求優先で、彼の施し、思いなどは二の次三の次だ
彼の恋愛は劇的に見せるには一方通行すぎた

アンドリューのように狂ってもいなければ
セブのように愛に彩られてもいない
公式でもコメントがあったように
映画の狂言回し、案内役としては納得の人物だが
主人公としては厳しい所があったか…

散りばめられた約50本の映画

終盤マニーが映画館で映画を見た瞬間
1878年~現代までに制作された
構成に語られるであろう作品たちが矢継ぎ早に映し出され
ジャックが参加した雨に唄えばのミュージカルの引用元
『ハリウッド・レヴィユー』(1929年)も登場する
筆者が気になったのは50にも及ぶこれらの作品を模したシーンが
要所要所に詰め込まれているのではないかという事だ
もっともわかりやすいのは
エリノアのオフィスに殴り込み対話するジャックのシーンだろう
このシーンは突如エリノアが、ただのゴシップライターとは思えない視野で
ジャック・コンラッドと言う存在の尊さと儚さ
そして映画業界に収まらない繰り返す人類の歴史を語り出す
さながら映画『マトリックス・レボリューション』
全ての種明かしをするアーキテクトとネオの対話シーンのようだ

↓映画評論家 町山智浩先生によるありがたいリスト

デイミアン・チャゼル監督『バビロン』エンディングで引用される映画史上重要な49の映像の全リスト|映画秘宝公式note
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多様な楽しみ方がある映画

前半は狂乱のパーティーとも言える雰囲気を噛み締め
中盤以降は、1920年代ハリウッドの変遷を辿り
そこで打ちひしがれる映画に人生を賭けた人々に思いを馳せる
そしてエンディングの歴史上の映画を振り返り
映画史のネタ研究など、多様な楽しみ方が出来る映画

それこそが映画バビロンの真の姿なのだろう
上映時間が190分と非常に長尺の映画だが
是非とも視聴していただきたい名作だ

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