PERFECT DAYS【ネタバレあり】

★★★★★

公開日  2023年12月22日
上映時間 124分
監督 ヴィム・ヴェンダース
脚本 ヴィム・ヴェンダース
高崎卓馬
キャスト 役所広司 アオイヤマダ 柄本時生 中野有紗 田中泯 石川さゆり 三浦友和 甲本雅裕

東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山。
淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、
彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。
昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、
人生は風に揺れる木のようでもあった。
そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き
自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。そ
んなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに
彼の過去に少しずつ光が当たっていく。

映画.comより一部引用

debuwo評価 92点
おすすめ度  (星5)

公共トイレがきっかけとして作られた映画

渋谷区内17か所の公共トイレをリノベーションし
公衆トイレのイメージを刷新するプロジェクト
『THE TOKYO TOILET』
※以下 TTTプロジェクト
この企画の一環として短編のオムニバスムービーを作る事になった高崎卓馬氏が
ヴィム・ヴェンダース監督にオファーを依頼した事が全ての始まり
シナリオハンティングの為に現地に赴いた監督が
行き届いた公共サービスと本施設の清潔さに感銘を受け
本プロジェクトで設置された公共トイレ専属の清掃スタッフを主人公に
長編映画として再構成して作られたのが本作である。

代々木深町小公園トイレ

沈黙と音楽が物語る平山の日々

本作の主人公平山は
TTTプロジェクトの清掃スタッフである中年の独身男性だ
彼の平日は

起床、身支度と植物に水やり

60~70年代の音楽を聴きながら出勤、業務開始

昼休みに境内で写真撮影しながら食事

終業、銭湯でリフレッシュ

居酒屋でひと時を過ごし、帰宅
寝るまで読書にふける


休日には行きつけの小料理屋でママに可愛がられ
舌鼓を打ち、楽しいひと時を過ごす

誇張なくこれらの内容を軸に本作は展開される
端から見れば、ただただ繰り返しの様にみえる日々
彼にとってはそうではない
木漏れ日や植物の成長、通りすがる人の変化など
日常に変化を発見し、それを楽しむ心のゆとり、知性のある人間だと描写される

映画で描くべきもの

平山の仕事は、トイレ清掃だ
現代社会に生きる人間ならば誰しも想像の付く事だが
公衆トイレの清掃というのは、衛生面では過酷な環境だ
しかし、本作では業務上で処理するべき物は一切映らない
ストーリー上そこは映すべきではないかと言う声がSNSで散見したが
筆者はそうは思わない
演出上で必須とも言える者を映さない作品と言えば
『食堂かたつむり』で倫子の同級生ミドリが料理に虫を入れて
虫が入っていると訴えるシーンで虫を見せないという演出が思い当たる
しかしこの映画は
「トイレ清掃員平山の清掃業務」というお仕事系映画ではなく
「トイレ清掃員平山の送る日々」に焦点を置いたストーリーなのだ
あくまで清掃業務は彼の生活の一部でしかなく
処理するべき汚物があるのは平山も仕事への姿勢を見れば
想定済みなのは間違いないし、彼なら黙々と処理するだろう
従って、本作のストーリーの一つとして
描く必要があるかと言えばそうではないだろう
それに、清掃員に対するシビアな現実描写は
迷子を捜す母の無礼な振る舞いや、実の妹からのリアクション等
彼の心に影を残るという意味を合わせてしっかり描かれている

ヴィム・ヴェンダース監督への嫉妬

・日常の業務で過剰にストレスを受けていない
・少ない収入にあまり不満はない
と言う点を抜けば
平山の振る舞いはテンプレート的な日本における中年男性そのものだ
清掃員として働いている際、怪訝な態度を取られても気に病まず
ママの居酒屋に行くときだけは腕時計を付けて幾らかの見栄を張る
彼の日常での所作一つ一つがどこまでも現代的日本人そのもので
まず平山演じる役所広司さんの演技力に目を奪われてしまうが
真に驚くべきはドイツ人監督 ヴィム・ヴェンダース監督の
中年独身の日本人男性への解像度の高さだろう
ヨーロッパに住み、彼のような暮らしをした事はないとインタビューで答えている
額縁通りにそれを受け取るならば
実体験でなく、取材と脚本家やスタッフ達とのやり取りで
ここまでの平山像を作り上げた事になる
間違いなく、賞賛すべきことなのだが
ドイツの社会的にも成功している映画監督に
ここまで我々日本の独身男性が理解されていると思うと
見透かされた妙な悔しさを感じてしまう

平山のモデルとなった人物・由来

監督の平山という存在に対する思い入れは深く、評価は高い
ただ黙々と真面目に仕事にこなしていく優しい男
というのが、最終的に残った平山の印象と監督は語る
ではそれ以前はどうだったか?
実は、平山にはモデルとなった人物が存在する
シンガーソングライターの重鎮、レナード・コーエンだ

晩年の彼は、30代以降、アーティストとして活動する傍らで
禅に傾倒し、佐々木承周に師事していた
監督は、彼を想起しながら平山の人物像をイメージしたという
神社の境内で昼食を必ず取るのはその名残なのかもしれない

レナード・コーエン

平山という名前は脚本家の高崎卓馬氏が
笠智衆が東京物語で演じた平山という名を使う事を提案した

劇中の人物と平山

劇中でタカシとアヤをはじめ色んな人物が平山と関わり
彼らにも何某かの出来事が起こったことを匂わせる描写があるが
それらが深堀されることはない
彼らにどれだけの事が起ころうとも
映るのは平山と共に過ごしている瞬間だけだ
また、平山も必要以上に誰にも踏み込まない
『この世界には繋がってるようで
   繋がっていない世界がある』

作中で彼は姪のニコにこう話していた
彼からすれば、自分の世界はルーチンワークの及ぼす範囲で
他人の生活に踏みこむ事は自分の世界に繋がってしまう事になるのだろう

『繋がっているようで繋がっていない』

家出して押しかけてきた姪のニコ
平山は特に理由は詰める事は無く
ニコを家に泊めて優しく接している
彼女を受け入れている時点で優しい男だが
それはあくまで、叔父としての振る舞いであり
平山が心を開いているかと言えばそうではなかった
しかし時間を共にするうちに彼も心を開いていく
繋がっていない世界が繋がり始める
彼女との日々は、本作の映画的展開の要とも言える

平山の人間らしさ

質素ながらも、趣味に没頭して、仕事も真面目に取り組む平山
苛立つことすら滅多にない彼だが
しかし、そんな彼に大きく揺さぶりをかけるイベントが2つある

  • 娘のニコを追ってきた妹、ケイコとの再会

平山の元に転がり込んだ娘のニコを追ってきた母ケイコ
彼女は平山の妹であり、劇中で彼の過去を知る唯一の存在
平山に会った際に発せられる彼女の言葉、表情から
彼が相応しくない貧しい暮らしをしているのが掴めてくる
今の生き方で楽しくやっているものの
清算しがたい過去があるのは一目瞭然だ
しかし本作は平山の日常を描いた作品なので
そこが劇中で掘り下げられる事は無い
補足として公式のインタビュー動画で監督は平山の過去について語っている

『平山はエリートの元ビジネスマンで
 贅沢な暮らしをしていたが
 彼の心が満たされることはなく

 ある日、それまでの生活を投げ捨てた』

劇中のセリフと照らし合わせて考えると
平山はエリートの一族であったが、父とそりが合わず
実家と訣別する事になったのは間違いない
父との確執、ケイコとの別れた際に思わず出た嗚咽
苦々しい過去がある事を想起させる
平山の最も人間らしい部分を表現したシーンでとても印象深い

  • ママの元旦那、友山との出会い

平山が男としての身だしなみを気遣う唯一の瞬間
それがママが営む居酒屋に向かう時だ
ママも平山を気に入っていてまんざらでもないが
互いが心地よい傷つかない距離感で過ごしていた
そんな矢先、彼女の元旦那である友山が、彼女を訪ねてくる
その様子を偶然見かけた平山は遣る瀬無くなり
夜の河川敷で普段は吸わないタバコを吸いながら黄昏れる
世間との繋がり極力控えている傍らで
恋が潰えた事に対してコントロール出来なくなる
矛盾を孕んだ生き方が独身男性として実にリアルな演出だ

妹のケイコ

ラストシーンの印象

家族との再会、ママと友山との出来事を経て
大きく感情の揺さぶりを見せた平山だが
朝になればいつものように身支度を済ませ
車に乗り込み、洋楽を流しながら現場に向かう
流れる曲はニーナ・シモンズのFeeling Good
『新しい朝を迎えた事で、最高の人生が始まる』
人生を賛美するような歌だ
それまでBGMでしかなかった曲と歌詞が
この時ばかりは平山の世界とシンクロする
そして朝焼けの街を見せた後
数分に渡り彼の表情だけを見せる
役所広司の演技力、その結晶とも言えるシーンで
誰しもが記憶に刻み付けられる

ラストのシーンは誰にとっても印象に残る
それは間違いないが
このラストはシンプルに美しいEDと言ってもよいのだろうか?
彼は金銭や社会的な立場に囚われず、幸せな生き方をみつけた賢人
あるいは悟りを開いた人間なのか?
おそらくそれは違う
今の生活を選び、そこに幸せを見つける知性とゆとりを持った人間
故に、過去を拭い去る事も出来ない事も認識している
そんな濁った感情も間違いなく存在する人間、それが平山だ
今の人生とそれ以外の人生、それらの光と影を反芻した結果
彼は笑顔でありながら涙しているのだと思う

このシーンを美しいとSNSやyoutubeで述べる観客も多くいた
勿論その感想を否定するつもりはない
しかし、独身で彼に近しい生活環境の私から言わせれば
あのシーンで展開される役所広司氏の凄まじさとリアリティは
自分の未来予想図を突き付けられたかのような
戦慄に近い感情を覚えた
平山と人生が重なる人物とそうでない人物とでは
印象が大きく変わるのは間違いない
立場による印象の差
それを明確化させる踏み絵のような映画なのかもしれない

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